日本の音楽の歴史と未来について!

パンク・ロックを日本中に知らしめたザ・ブルーハーツ!

パンク・ロックを日本中に知らしめたザ・ブルーハーツ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンク・ロックは1970年代中盤に生まれたロックの形の1つで、

その音楽的なあり方を世界中に広めたのは、

イギリスのセックス・ピストルズやザ・クラッシュが、代表格と言えるだろう。

 

 

 

 

その後、アメリカでも、ラモーンズなどが若者の支持を得たが、

世界的な成功を収めるには、至らなかった。

 

 

 

 

音楽の特徴としては、スリーコードを基軸とした、

分かりやすいロックンロールだが、

60年代のロックンロールと比べて、決定的に違う点は、

ブルースの影響が全く見られないことだ。

 

 

 

 

演奏技術が高度化する中で、ギターヒーローが生まれる音楽シーンの中、

あえて誰もが取り組める気安さが、

パンク・ロックムーブメントを起こしたとも言えるだろう。

 

 

 

 

日本においては、70年代後半から80年代前半にかけて、

多くのパンク・バンドが生まれたものの、

一般的な市民権を得るには至らなかった。

 

 

 

 

その理由として、音楽的な要素よりも、

汚物を観客に投げるといった、過激なパフォーマンスだけが先行し、

インディーズの枠を超えることが難しかったからである。

 

 

 

 

1980年代後半に入り、パンクの攻撃性を持ちながら、

ポップなメロディ性を持つ楽曲を演奏するバンドが、徐々に出てきた。

 

 

 

 

そんな中、1987年にデビューした、『ザ・ブルーハーツ』 は、

パンク・ロックを基調としながら、ストレートなメッセージ性が若者の心を掴み、

合わせて、「リンダ・リンダ」 が、TBSドラマの主題歌になるなど、

圧倒的な支持と知名度を得るに至った。

 

 

 

 

この流れがその後も続き、”パンク=青春” または、

”青春パンク” とも言うべきジャンルを生み出すことになる。

 

 

 

 

パンク・ロック、そして、ファッションを一般化したブルーハーツの功績は、

これからも語り継がれていくことだろう。

 

 

 

 


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